天に星 地に花

B5のノート

読了『きのね』宮尾登美子 著

スイーっと 初夏の空

市川海老蔵さんがコロナ禍で延期となっていた、團十郎白猿を今年ようやく襲名することになったとニュースでみました。

今はどうやら鎮静化しているようですが
春も終わる頃、ネットニュースでちょいちょい見かけた市川海老蔵さんと小林麻耶さんの戦い…ちょっとビックリしました。麻耶さんも麻耶さんですが、海老蔵さんも海老蔵さんだな^^;

基本的に興味はないのですが、そういえば
海老蔵と言えば昭和の昔、『海老様』ブームなるものがあり
サザエさん」の作者である長谷川町子さんの「サザエさん打ち明け話」という本に、海老様に銀座で偶然会ってお茶したっていうエピソードがあったなぁと…

探してみました。
ありました。

著作権等の心配もあるので中身は出せませんが
歌舞伎が大好きだった長谷川さん、

インタビューの仕事はしりごみするくせに「えび蔵さんなら」と、条件つきで、イソイソと婦人公論を始め、あちこちに楽屋訪問をかきました。伏目がちで、インギン 無口な人でした

ある日銀座の真ん中でバッタリ出会い、話のつぎほに困り、うっかりお茶に誘ったら意外にも「はい」というお返事で
一人で喫茶店に入ったことなどなく慌てて手近な店に入り、一番高価なショートケーキを頼んだものの、実は甘いものが苦手な町子さん
えび様も辛党ということを思い出し、何の話をしたかも忘れてしまった
というエピソードでした

この方は今の海老蔵さんの祖父にあたる方で、そういえばこの方をモデルにした小説があったはず。。。
うろ覚えにはグーグル先生です。ありました。

正確には、今の海老蔵さんの祖父にあたる11代目市川團十郎の妻をモデルにした小説でした。
宮尾登美子著、『きのね』

朝日新聞朝刊で1988年9月〜1989年11月まで連載されていた小説だそうです。

ノンフィクションではありませんが、取材に取材を重ねて執筆したもので
若干の誇張やフィクションはあるものの、ほぼ事実なんですって。
亡き12代目團十郎(現海老蔵さんの父)をとりあげた産婆さんを見つけ出し取材もしているとか。

これは興味津々。ワイドショー的好奇心が湧いてしまい、早速図書館で借りて読んでみました。

上下巻でしたが面白くて寝る間も惜しみ、2日で読んでしまいました。

作中では登場人物の名は変えてあります。

物語は戦前の昭和初期、行徳出身の貧しい家に育った光乃が、口入れ屋の紹介で歌舞伎役者の家の女中として働き始め、雪雄(=9代目海老蔵=11代目團十郎)と出会い、徐々に惹かれ、雪雄に滅私ともいえるほど献身的に尽くし、彼の子供を産みます。主人と使用人、という身分のまま女児も生み、2人の子を産んでから実に7年後に結婚、お披露目となります。

実際、えび様として人気絶頂にあった役者に隠し子があったとして大騒ぎになったそうです。

物語は、晴れて雪雄の妻となった光乃が献身を尽くし、雪雄の死後10年後にこの世を去るまでが描かれています。

宮尾登美子さんの小説は、『蔵』と『天璋院篤姫』を読んだことがありますが、一見頼りなさげで弱そうな女性が実は芯が強く、逞しく生き抜いていく様が力強い。

昭和初期からの物語なので、今では考えられない凄まじい場面が多々出てきます。主人公の光乃が貧しい家の出身で、大抵のことは耐えてしまうし、質素な生活が身についているからなのかも知れませんが。。

そして雪雄は頑固で几帳面で癇癪持ち、最初に娶った妻は格式ある料亭の子女で、ばあや付きで嫁いできます。妻もばあやも悪い人ではないのですが、役者の家のなんたるか、雪雄の気難しさを全く分かっていないので、少しずつ機嫌を損ねていきます。のどかなお嬢様とお節介なばあや、繊細で神経質な雪雄。数々の行き違いが重なり、とうとう癇癪玉が爆発し、食事の乗ったちゃぶ台を力任せに足で蹴っ飛ばす、妻を張り倒す。。
この最初の妻とは半年も持たず別居と相成ります。

癇癪は雪雄付きの女中になった光乃にも容赦無く、それを彼女はただじっと耐えるんですね。平手打ちで頬を張り飛ばされる、背中を蹴られる。。

考えてみればあたしは太郎しゅうさんの愚痴をぶちまける穴、坊っちゃまの憂さの捌けぐち、いまに体中傷だらけになって倒れてしまうかもしれないという恐怖はあるものの、しかしいまは何より、雪雄の襲名の舞台を成功させてあげたいという気持ちのほうが強かった。

時代というのもあったんだと思う。今は体罰は許されませんが、私が子供の頃は生徒を叩く教師も当たり前にいたなぁ

雪雄の手の早いくせを、太郎は「親父さんゆずり」ともいうが、しかしどの男をみても、生涯人を殴らずにすんだというひとは先ず無いし、早い話が光乃の父親も、女房の折檻は日常茶飯事、子供たちはそれを見馴れて育って来ている。

戦前の昭和の時代はこれが日常だった。全てがそうとまでは言えなくても、そんな世界が存在してた。その時代に生まれなくて良かった。。いや、もし生まれていても、生まれた時から周囲の状況がそうだったら当たり前と思っちゃったかも?!

なんか、今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を連想しました。珍しく毎週楽しみに観ているのですが、鎌倉幕府黎明期を描いているので、戦や企みで人がどんどん死んでいくんですね。騙し打ちで殺されていく。現代の感覚でみてしまうと、もう人があまりに殺されていくので苦しくなってしまうのですが、鎌倉時代のあの頃の武士は、食うか食われるかで生きていたのだし

閑話休題

壮絶なDVにドン引きしつつも物語にのめり込んだのは、宮尾さんの筆致の巧みさと、ただひたすらに雪雄のためを思い、尽くした光乃の運命が知りたかったから。

物語では雪雄の子を孕んだ光乃は日陰の身であるが故に、何と自宅で一人っきりで出産するのです。しかも初産ですよ。初めての妊娠、そして出産。
誰も助ける人のいない、ひとりっきりの家で、便所で出産するのです。

トイレではないです。

現代の、水洗で蓋が自動で開くような清潔で綺麗なトイレじゃなく
戦前の汲み取り式のボットントイレです。
今の若い方は想像つかないかも知れない。

ウチは片田舎なので、小学校低学年まではボットントイレでした。腰掛け式の水洗トイレの方が珍しかった時代。スクワットのようにしゃがんで用を足すのです。便器には穴が空いていて、その下には排泄物やら拭き取った紙やらが浮いているのです。
そんなトイレで、たった一人で初産ですよ。
幸いにも赤ちゃんは落ちず、受け取ることが出来て
その後、産婆さんが来て処置をしてくれるのですが

息を詰めるようにして読んでいました。
読み終わって、母子ともに健康と分かると、はぁぁぁぁーっとため息をつきました。

何がいいのか悪いのか
その当時、真っ最中にいるときには見えてこないことも多い
それでも、この現代に生まれていて良かったなと思ってしまいました。

この小説では男はクズ

今の海老蔵さんは、祖父である11代目團十郎にそっくりと言われています。
ご本人も祖父の芸を見て、心を入れ替えたとおっしゃっているみたいですね。
写真を見ると、なるほど、そっくりです。

ってことは、、気質も???

いやそこは分かりませんけれど

現代の海老蔵さんは、植樹をしたり歌舞伎の新たな局面を探っているように見受けられ、ちょっと尊敬の念を抱いていたのですが
海老蔵さん関連の話題をネットニュースで読み、さらにこの小説を読んで見方が変わりました。

表に見えている顔だけが人の全てじゃない。
誰しも暗い部分を持っている。
・・・考えてみれば当たり前のことなんですけど。

たぶん彼が見せたい部分を見て判断していたんだと思う。

それだけじゃないもんね。物事は多角的に見ないと。

伝統文化を継承することはとても大切だし、絶やさないで欲しい。
そう思う反面、魂の進化と共に変えるべき悪しき習慣は変えていって欲しいなと思います。

とは言え、役者というのは人を魅了するのが仕事。
『色』が芸を磨く一面もあるのでしょう。
海老蔵さんの祖父にあたる團十郎さんも、妻の他に何人かの女性がいました。

人は多面体だから、一面だけを見てこの人はダメ最低だと決めつけるのは
自分自身をも苦しくさせる。

歌舞伎という伝統芸能を繋ぐ重責に耐えられる素質や市川團十郎という歌舞伎役者の類い稀な才能と、舞台から降り素のままに戻った時見える性質を同じ土俵に上げるのは違う気がする。
それはそれ、これはこれ、みたいな。

そう言えば、とあるSNSで内要チェックしてからすぐにその方をフォローした場面に遭遇したことがあり、その気軽さに驚いたことがあるのですが、あれはナンパだったのか。。。

ま、どうでもいいですけど。

後世に伝えられる派手な存在の側には、それを支えたたくさんの人の苦労や涙、血が混じっていることを覚えておこうと感じた一冊でした。